本当の父親が外国人だということ知った経緯とその結末




こんにちは、大人になってから実の父親が外国人だと知ったアヤトです( ^ω^ )

自分の母親・父親が血がつながっていないことを大人になった段階でわかったら、あなたはどう考えますか?

「どうして早く言ってくれないの?」

「嘘つき」

「血のつながりがないなら本当の親じゃない」

こんな風に思うこともあるのではないでしょうか。

わたし自身も、大人になるまで自分がハーフである(父親は再婚相手)ことを知りませんでした。

最初は衝撃でしたが、嘘つきじゃないですし血のつながりって関係ないと思ったんです。

本当の父親じゃない苦しみがあったことがわかりました。

今回はわたしがハーフであることを知り、その後の変化について書いていきます。

 

わたしがハーフである真実を知るまでの話

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なぜ自分の顔は日本人顔じゃないのか?コンプレックスに感じていた幼少時

小学生の時はよく「ガイジン」とからかわれ、高学年の生徒からは「ゴリラみたい」ってバカにされたこともありました。

そこまでひどいいじめではありませんでしたが、言われたことは今でも鮮明に覚えています。

自分がハーフということを知らなかったので、自分がなぜハーフ顔であることもわからずにいました。

こんな顔なんて本当に得しないし、日本人顔になりたいとずっと思っていました。

私がハーフだと知ったのは21歳の時

21歳になるまでは自分がハーフだということを知りませんでした。

でも母親も父親も日本人顔だったので、私はなぜ顔の作りが違うんだろうと疑問に思っていました。

また、私の名前はカタカナというところも不思議でした。

もし本当の親じゃなかったら、20歳になった時に真実が知らされるのかなーくらいに思っていましたね。

20歳になっても特に何も言われなかったので、違うんだなと思って忘れていました。

そして数年後、私は真実を知ってしまいました。

私の本当の父親は、フィリピン人(スペインのハーフ)だったんです。

きっかけは、仕事で個人情報を扱う機会があり父親を調べたことでした。

私が聞いていた父親の年齢は、母親と同じ年齢だということでした。

しかし、調べてみると父親の年齢が聞いている年齢よりも5歳若かったんです。

単純に計算をすると、父親は17歳で父親になったということになるんですよね・・。

戸籍を間違えるなんてありえない話なので、唐突に父親に聞いてしまいました。

私:「年齢、5歳若いことがわかったんだけどなんで?」

父親:「・・・・・・・・。」

これは気まずい空間になったと思い、当時実家に住んでいた私は自室へ逃げました。

そのあとすぐに母親が来て、「アヤトの父親はフィリピン人(スペインとのハーフ)なんだよ」と爆弾発言。

その時思ったことは、

「やっぱりそうだったのか」

「どうして言ってくれなかったの?」

の両方でしたね。

言わなかった理由は、今の父親が私に嫌われることを恐れて話したくなかったそうです。

母親は逆にわたしのためを思って早く真実を伝えたかったそうです。

フィリピン人の父親に騙されていた母親

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今の父親はどうしているのかというと、ここもまた悲惨でして・・。

母親はフィリピン人の父親と結婚をしたのですが、母国では既婚者で子持ちだったという・・。

出稼ぎで日本に来ていてたまたま母親と出会い、私を授かってしまったということでした。

そしてビザが切れたタイミングで、フィリピン人の父親は国に一度帰国しました。

母親は騙されていることを知らずに、お金を送っていたそうです。

そしてフィリピンに会いに行った時に事実を知ったという末路でした。

私が産まれたときはもう父親はいなかったんです。

その後、児童養護施設育ちだった母親は身内もいない中でシングルマザーになり、相当苦労して私を育てて来てくれました。

確かにこんな話は、小さい時に聞かせるものではないですね。

そんなこんなで父親の意向もあり、私がハーフであることを隠し続けていたわけです。

ハーフと知って父親との関係はどうなったか

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全然変わりませんでした。

その理由は、幸いにも今の父親との再婚が小さい時だったので、もう長年一緒にいる状態でした。

当然、わたしの父親です。

むしろ、母親よりも父親の方が私の一番の理解者だと思っています。

母親は、自分の育ちのコンプレックスから「絶対に失敗してほしくない」気持ちが強すぎるあまり、私を人生を支配しようとする毒親になってしまいました。

そう思う気持ちはわかるのですが、その結果、その支配にとらわれて私は心を病んでしまいました。

そのため今は親と距離を置き、母親もそれを理解しています。

父親にはたまに会っていて、休職のことや退職するかもしれないことを話しました。

「アヤトの人生なんだから好きなようにしなさい」と言ってくれました。

血はつながっていないけど、「産みの親より育ての親」というのはまさにこういうことだなと思います。

父親自身も本当の父親でないことに苦しんでいた

ずっと黙っていたことを「嘘つき」と感じる人もいると思います。

でも父親は嘘つきではありません。

わたしのことを本当の娘のように思っていたからこそ言えなかったのです。

父親は長年、本当の父親でないことに苦しんでいたそうです。

母親から「アヤトが本当の娘だったらいいのに」と言っていたことを知った時は涙が出ました。

確かに、本当の父親だと思って接していた父親が実は違ったという真実を知った時、拒否反応を示されたらショックですよね・・。

まとめ

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環境によりけりですが、実の子どもじゃない子を大人になるまで育ててくれたのって本当にすごいことだと思うんです。

うまく行かないケースもありますが、わたしは父親との関係が良好だったので本当に感謝しています。

まずは短大に行かせてくれたことですね。

短大に入学した時は2つの機関から奨学金を借りました。

片方は両親が返済してくれました。

ちなみにわたしの家庭は、母親はパート、父親は季節労働者なのでそんなに裕福ではありません。

そんな中、わたしを短大に行かせてくれてくれて、奨学金の一部を返済してくれました。

実の娘じゃないのにわたしの奨学金のために汗水流して働いてくれたんです。

本当に頭が上がりません。

なかなか本人に伝えることができないのですが、いつか面と向かって言える日を作りたいなと思っています。

もし、似たような環境にある人がいたら、本当の父親・母親じゃなかったとしてもどうか怒らないでほしいです。

血のつながりのない父親・母親の悩みってすごく重たいんです。

すぐに受け入れられなくても、冷静に考えて今までのことを振り返ってみてほしいなと思っています。

それではっ








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