公務員として採用された時の気持ちを当時の日記で振り返る【退職】




こんにちは、公務員退職まで1週間を切ったアヤトです( ^ω^ )

今日、Google Chromeのパスワード設定を整理していて、たまたま昔利用していたmixiを見つけてログインしてみました。

なんと、市役所に採用になった当時の気持ちを綴った日記があったのです!

もちろんこんな日記を書いていたのも覚えていなくて、なんだか新鮮な気持ちになりました。

当時の日記を振り返りながら、退職しようとしているいまどんな気持ちになったか書いていきます。

退職前にたまたま採用当時の気持ちを綴ったmixiの日記を発見

7年前なので当時21歳、若い。笑

いろんな気持ちを綴っていました。

詳細は以下に記載しています。

※そのままコピペしたのでちょっと意味がわからない部分もあり

当時の日記をそのまま公開します

mixiで書いた日記(2011年10月15日23:24)

初めて日記を書いてみようと思います。
とりあえずボイスではキチガイ発言ばっかりでごめんなさい とここで謝っておきますね><
マイミクになって後悔した人おおいと思います、はい。
ボイスは非表示にでもしておいてください。

えーっと・・・一応報告のためにってことで
地元の市役所、奇跡の内定いただきました。
ついでに道庁も一次通ったんですが、市役所の前倒し採用の事とか考えて辞退することにしました。

去年は一次すら通らずとーーーーーーっても悔しい思いをしたまま気付けば短大卒業したわけですけれども。
面接は縁だから仕方ない、一次は絶対通ってやるって思って4月から塾に通い始めました。
去年は本当に勉強してなかったし、何を勉強したらいいかもわかってなかった。
とりあえず参考書買って放置して勉強そっちのけで遊戯王にアホみたいにハマってた。
そりゃ落ちるわな/(^o^)\
約半年という短い期間で市役所で臨時職員として仕事やりつつ、勉強してました。
仕事自体は臨時ってことでかなり楽だし、周りもいい人に恵まれてて気持ち的にも良かった。
短大時代にやってたバイトの方が数倍辛かったから、今それやってたら勉強手に付かなかったかもしれんな(;^ω^)
塾でも色んな人と知り合えたし、いいライバルでもあったと思う。
上を目指して頑張れた。結構負けず嫌いなんだな自分と改めて思った。
数学が大の苦手だから、いつもそれと戦ってた、そしてたびたび敗れた 汗
入ったころよりもかなり数学解けるようになったけど、最後までマスターは出来なかったのが心残りかなあ。

そんなこんなで一次は突破しました。
市役所は去年よりかなり難易度下がってた。
そしてインドとか自分のとこの課の関連問題とかけっこう胸アツな問題が多かった。
道庁もかなり簡単だった。塾の先生の問題の方がクッソむずい。
やっぱりちゃんと勉強してれば一次は余裕で行けるんだなと二年目受けた感想。
問題は面接だよ。こればっかりは仕方ない、本当に。
市役所はまじ緊張し過ぎてひどかった。
でもなんとか伝わったのかな、合格してた。
外の貼り紙見て戻ってきたら1Fのフロアの課の人が集まっておめでとうって祝ってくれたのは本当に忘れられないです。
温かさを感じました。

そしてようやく落ち着いたところです。
塾もお別れの挨拶してきて、これでもう塾代とはおさらばだと思ったらこれから車のローンと奨学金の返済が始まるよ!!!
引き続き毎月支払いに追われることになります。
クレジットカードもたまってきたし。はぁ・・・・
そしていずれ来るであろう、前倒し採用の話。かなりビクビクしてます。
正職員になれるのは嬉しいんだけど、今の課を離れないとならない。
一応一年雇用だから、最後までいたいなーって思うんだけど無理だろう。
すごく寂しいです。わたしの癒しの人も見れなくなるしウェヒヒ

さて、正職員になったらもう臨時みたいには行かないことも沢山出てきます。
色んなことで悩むとおもいます。そんなときは、誰かお話聞いてください><
そんな感じの報告でした。

あ、札幌計画立ててるから遊びに行くときはよろしく。
普段猫かぶりのわたしが散々発散するでしょう。ウェヒヒヒヒヒ
それでは(`・ω・´)

母親に支配されて辛かった勉強期間

3dman_eu / Pixabay

日記では淡々と書いていますが、受かるまでは本当に辛かった記憶しかありません。

私の母親は自分の娘の人生をコントロールしたがる毒親でした。

公務員になることは自分の意志ではなく母親の希望で、公務員しか選択肢を与えられませんでした。

なぜそれに逆らおうとしなかったかというと、当時は母親が正しいと思い込んでいたからです。

実家にいた時は本当に辛くて、母親からは毎日「落ちたら許さない」とノイローゼになりそうなくらい言われ続けていました。

何もかも行動を制限されていましたね、いい社会人なのに(涙)

その当時のことは今でもトラウマに感じています。

母親の支配具合は本当にすごくて、私の交友関係にまで口出しをし彼氏は公務員じゃないと認めない人でした。

しまいには、この人と付き合いなさいと交際相手の指定までし始めましたからね。笑

メンタルを崩していた時ですら、心配の言葉はなく「辞めたら許さない」「辞めたら負け」の一点張り。

本当はずっと辞めたい気持ちでいっぱいだったんです。

でも母親の言葉が正しいと思い込んでいた私は、「絶対に仕事を辞めたらダメなんだ、人生が終わるんだ」と思っていました。

心療内科に通い始めてようやく私が人一倍自己肯定感が低く、自分の意志で選択できない原因が母親であることが判明。

ようやく我に返った私は、母親と距離を置き始めてかれこれ1年が経ちます。

離れたおかげで、少しずつ自分の意志で物事を考えられるようになりました。

当時は母親を恨んでいましたが、母親の育った環境を考えると仕方がなかったんだなと思います。

育ててくれた恩は感じつつ、今はまだ会う時ではないと思いながら過ごしています。

まとめ:過去の日記を見るのはいい機会

Pezibear / Pixabay

なんともすごいタイミングで採用当時の気持ちを綴った日記を見つけました。

でもこのタイミングで見ることができて良かったと思います。

嫌なことも思い出しつつ、退職する選択で本当に良かったのか?と一瞬考えました。

でも!

自分の頭で考え抜いて、自己責任であることも覚悟して決めたことです。

自分の選択は絶対に間違ってないし退職を決断して良かったと再認識しました。

今書いているこの記事も、何年後かに振り返って「あの時この選択をして良かった」と思えるようになりたいです。

それではっ








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